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大阪地方裁判所 平成9年(ヨ)891号 決定 1997年6月05日

債権者

安斎賢二

債権者代理人弁護士

永嶋靖久

債務者

相模ハム株式会社

右代表者代表取締役

程島八郎

債務者代理人弁護士

内田邦彦

弓場正善

主文

一  債権者の申立てを却下する。

二  申立費用は、債権者の負担とする。

事実及び理由

第一債権者の申立て

債権者が、勤務場所を債務者大阪営業所とする労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

第二事案の概要等

一  事案の概要

本件は、昭和六三年三月に債務者に採用され、以来、その大阪営業所長として勤務していた債権者が、平成八年一一月、五五歳となり、基本給などが大幅に下がる「役職定年」を迎えたところ、平成九年三月、債務者から、「同年四月一日付けで、(債務者の関連会社で、本店が横浜市にある)相模ハム販売株式会社(以下「相模ハム販売」)へ出向せよ」と命ぜられ(以下、出向そのものは「本件出向」と、命令は「本件出向命令」などと言う)たのに対し、本件出向命令には債権者の同意がない、債務者の出向規定に定める決定の原則が履行されていない、出向の必要性・合理性もない、本件出向に応じることによる債権者の不利益も大きいから、本件出向命令は人事権の濫用で無効であるとして、右第一記載の地位保全の仮処分を求めた事案である。

二  前提となる事実(1(三)の一部以外争いない)

1  当事者

(一) 債務者

債務者は、食肉加工品及び加工肉の製造販売並びにこれに付帯する事業を事業内容とする株式会社である。

債務者は、肩書地に本社工場を、その他工場・営業所を、北海道から九州まで全国に展開する、資本金一二億二四五〇万円、従業員数七二三名(臨時社員一一四名を含む。平成七年三月三一日現在)の株式会社である。

大阪営業所は、関西地区における債務者のハム・ソーセージ・生肉・惣菜販売を行っており、債権者を含み(ママ)五名が勤務している。

(二) 相模ハム販売

相模ハム販売は、その代表者を債務者と同じくする、神奈川県横浜市<以下、略>に本店を置き、資本金四〇〇〇万円、従業員数四三名(臨時社員二七名を含む)の、横浜高島屋に出店する債務者の子会社である。

(三) 債権者

債権者は、昭和六三年三月一六日、債務者に入社した。債権者は、同業他社における大阪での勤務が長く、関西地区のデパート営業に詳しく、そのことが採用の大きな理由であった。以後、債権者は、平成八年一一月二三日まで、債務者の大阪営業所長として勤務してきた(同日時点では、量販営業部量販二課長を兼務)。

債務者では、課長職の場合、五五歳到達後、基本給、加給が約七〇パーセントとなり、ベースアップはあるが定期昇給がなくなる扱いとなっており(<証拠略>)、これを「役職定年」と呼んでいる。債権者は、前同日に五五歳の誕生日を迎え、役職定年となったが、同日以後も、副参与として、債務者の大阪営業所において勤務してきた。なお、債務者の業界は、一二月が贈答シーズンとして年間で最も多忙な時期であるため、債権者は、役職定年後も、一二月中は従前同様の業務に従事していた。

また、債務者は、債権者が量販二課長兼大阪営業所長在職中の平成八年四月から、真鍋宗義量販二課長を大阪に置いていたが、同年八月半ば、同人を再転勤させ、同年九月二八日から、新たに岡本進を量販二課長代理兼大阪営業所長として配置した。債権者の役職定年後は、岡本のみが大阪営業所長の職にある。

2  本件出向命令

(一) 債務者の梅崎次長は、債権者に対し、平成九年三月八日夜、電話で、同月二〇日付け社告で同年四月一日付けをもって相模ハム販売への出向を命じる旨を伝えた。これに対し債権者は、出向には応じかねる、組合(債権者は、全労協全国一般東京労働組合東京管理職ユニオン(以下「組合」)の組合員である)と相談して行動する旨答えた。

(二) 債務者の本社から、債務者の大阪営業所に対し、同年三月二〇日、「(債権者に対し、同年)四月一日付けをもって相模ハム販売株式会社に出向を命じる」との社告がファックスにより送信され、債務者の大阪営業所長が、債権者に対してこれを読み上げた(本件出向命令)。

債権者は、吉田取締役量販営業部長に対し、右同日、「出向には応じられない」と答えた。

(三) 組合と債務者の間で、同年三月二七日、債権者の処遇につき団体交渉が行われたが、対立したままであった。

(四) 債務者は、組合に対し、同月三一日、債権者の相模ハム販売への出向と、同年四月一〇日までに同社へ赴任することを命じる旨の「回答書」と題するファックスを送信した。

第三本件出向命令の効力に対する当事者の主張(【 】内は相手方の認否等)

一  債権者

本件出向命令は、以下の諸点に照らし無効である。

1  債権者の個別的同意がない。【認める】

2  債務者の出向規定に定める決定の原則が履行されていない。すなわち、債務者の出向規定第三条は、「社員に出向を命じる場合は、事前に、出向の目的、役割、出向先会社の事情、労働条件その他を出向対象者に明示するものとする」と規定されているが、これが全く履行されていない。【債権者は、出向を内示したときから拒絶の意思が明確で、出向先会社の条件次第では出向するという態度ではなかったので、当初詳細な説明までしなかったに過ぎない。それでも、平成九年三月三一日には、債権者に対し、文書で出向目的・条件を明示している。また、債権者から、出向の条件を明示して欲しいとの要求もなかった】

3  出向の必要性・合理性がない。

(一) 債権者は、関西地区のデパート営業に詳しいことを買われて採用されたものであって、この債権者を関西地区から離れた出向先会社に出向させることは著しく合理性を欠く。【前段は認め、後段は争う】

債権者が、相模ハム販売に、平成九年三月一〇日、電話で債権者の予定仕事内容を尋ねたところ、「まだ決まっていないが、管理関係は三人いるから用はない。売場しかないのだから売場勤務だ」とのことであり、受入側の必要性を尋ねると「あるもないも、専務から要請があり承知しただけだ」との回答であって、債権者を相模ハム販売へ出向させる合理的な理由は全くない。【電話での問い合わせがあったことは認め、回答文言は否認し、その余は争う】

債務者は、本件仮処分が申し立てられるまで、出向の目的や出向先の労働条件等全く明らかにせず、出向についての具体的な指示さえ一切行わなかったが、これも本件出向命令が必要性・合理性のあるものではないことを示している。【右2に対する認否と同旨】

大阪営業所では、三年間の約束で大阪に来ていた新卒の営業担当社員が三年経過し、本年四月に東京に帰るはずであった。ところが、債務者は、この社員を東京に帰さない。これは、現時点でその社員を東京に戻して別の社員を大阪営業所に受け入れれば、何故債権者を出向させたのかという疑問が起きるからである。本来、この社員を約束どおり関東に帰して、その仕事を安斎に引き継がせるべきなのである。

また、債務者で、給与の二五パーセントカットの役職定年後に、遠距離の転居を伴う出向を命じられているのは、一人債権者のみである。

(二) 退職勧奨の意図

大阪営業所長の業務の引継に要する期間は精々一週間か一〇日もあれば十分である。しかるに、債務者は、債権者の役職定年の七ヶ月も前から降(ママ)任の大阪営業所長を赴任させている。また、債権者の役職定年後の業務について、役職定年以前も以後も、本件出向命令まで、債務者は、一切指示命令しなかった。債権者は、役職定年直後は、年末の繁忙期で日々の業務に追われていたが、本年一、二月に入るとこの業務もなくなり、会社から指示がないため、種々の雑用を自分で見いだして仕事するという状態に追いやられたのである。

このような長期の引継期間、役職定年後仕事につき何ら指示の無かったことなどは、債権者を五五歳と同時に退社させることを企図してのものとしか考えられず、本件出向命令は、その実質において、出向命令に仮託した退職勧奨に他ならない。【争う】

4  相模ハム販売への出向は、債権者に対し著しい不利益を与える。

(一) 債権者は、債務者で扱うハム・ソーセージが重量のあるものであるため、平成元年頃から腰痛の症状があり、現在は椎間板ヘルニアと診断され、常時コルセットの着用を余儀なくされている。【椎間板ヘルニアとハム・ソーセージの取扱いの間に因果関係があるとの点は否認する】

腰痛症のような長期の継続的治療が必要な疾病においては、患者と医師との信頼関係が極めて重要であり、出向によって従来の主治医を変えざるを得ないこと自身、大きな不安を伴う。【腰痛症は特殊な疾病ではなく、出向先でも十分な治療は受けられる】

また、債権者は、現在まで事務所内での管理業務に従事してきており、腰痛を感じた場合に、一時的に座ったり、横になったりすることが可能であった。債権者の現在の症状では、腰痛を感じても立ち仕事を続けなければならないような売場での販売業務等は不可能である。しかし、相模ハム販売では、債権者に対し、売場勤務しか予定していない。【債権者は、従来大阪営業所において、受発注に伴う事務業務(商談を含む)と、本社からの荷物の受入れ、受注に伴う荷物の荷造り発送業務の二種の業務に従事し、その業務量は半々というところであったが、債権者は、今まで、荷物の受入れ、荷造り発送を支障なく担当しており、腰痛の故に業務が不能となったことはない。債権者について、相模ハム販売で予定されている業務は、当初の一ヶ月間は各デパートの売場の実体を把握するための研修をし、その後は売場の責任者である。売場の責任者の業務は、各デパートの担当者との折衡と仕込みであり、いわゆる売り子とは異なる。一日中立ち仕事をするものではない】

(二) 債権者は、デパートに派遣されている嘱託社員を勤める妻と二人で、自己所有マンションにローンを返済しながら居住して生活しているが、役職定年によって賃金を大幅に減額された上、転居を伴う単身赴任を強いられることの経済的・精神的負担は極めて大きい。【役職定年は、全従業員の定年を従来の五五歳から六〇歳に延長したことと連動して導入されたもので、本来ならば五五歳で退職しなければならない債権者にとって就労の機会が確保されたという多大の恩恵を伴う処置であり、減給のみを取り上げるのは片手落ちな把握である。債務者は、全国ネットの会社であり、転居を伴う出向も当然ありうる。債権者が現在の住居に住み続けなければならない特別の事情はない】

二  債務者

1  債権者は、債務者に就職するに際し、将来的に出向することに同意している。【否認する。就業規則六〇条は「出向を命ずることがある」と定めるだけであり、具体的な記載を一切欠いており、包括的な同意をしているとは考えられない】

すなわち、債権者と債務者は、債権者の就職に際し、昭和六三年三月一六日、労働契約を締結し、債権者は債務者の従業員として就業規則そのほかの規則を遵守することを約束しているところ、その当時、三七条に及ぶ詳細な出向規定を含む就業規則は、既に制定・施行されていた。【認める。しかし、前記一2のとおり、本件出向命令は、出向規定に違反している】

2  本件出向の必要性・合理性について

(一) 債務者は、人事異動を次のような基本方針に則り行っている。【不知】

(1) 個人の適正(ママ)や企業の戦略に応じて人員の最適な配置を目指す。

(2) セクショナリズムを緩和して、組織の活性化を図る。

(3) 人材育成のため、担当職務の経験度・遂行状況から個人の適正(ママ)を見極め、計画的に関連会社を含めた全社横断的な人事異動により、担当領域もしくは関連領域をより深く・より広いスペシャリストの育成及び全社的な視野を持つゼネラリストの育成を目指す。

以上を基本方針に、全国・全部門(関係会社出向者)の社員を対象とした人事異動を就業規則に即して行う。

(二) 本件出向には、以下のとおり必要性・合理性を有する。

(1) 債務者の大阪営業所の業務規模・必要人員量に照らすと、岡本所長と業務を同一にする人員をもう一人配置する必要性も余裕もない。また、同一ラインに新旧の長が共存するのも業務遂行上好ましくない。【債権者は、大阪営業所において岡本所長と業務を同一にする人間をもう一人配置する必要性や余裕があるとの主張をしているわけではない。同一ラインに新旧の長が共存することが好ましくないとの理由はない】

(2) 相模ハム販売は、債務者の一〇〇パーセント子会社であり、同社への出向は、債務者の人事の一部にすぎない。

(3) 本件出向により債権者は不利益を受けない。

ア 前記のとおり、債権者について、相模ハム販売で予定されている業務は、一ヶ月間は各デパートの売場での研修で、その後は売場の責任者であり、一日中立ち仕事をするものではない。【否認する。売場の責任者の仕事は、大勢の売り子がいるところでない限り、売り子の一員としての仕事に責任者の仕事が付け加えられるだけのものである】

イ 本件出向によっても、債権者は、債務者の従業員としての地位を失わないから、給与などの処遇面では従来と何ら変わるところはない。業務内容が変更となるので、勤務時間帯等が異なることはあるが、全体としての勤務時間数には殆ど変化はない。【出向によって、年間休日数で七日間の減となる】

ウ 出向に当たっては、本給以外に、単身赴任の場合、一ヶ月当たり二万七〇〇〇円の単身赴任手当及び月一回の帰省旅費が支給され、帰省の場合には特別休暇が与えられるなど、種々の配慮がなされている。【仮処分段階において初めて知ったものである】

第四保全の必要性について

一  債権者

債権者は、現在債務者に対し、本件出向命令の無効確認を求める本案訴訟を準備中であるが、債務者は、債権者が出向命令に応じない場合、解雇もあり得る旨示唆しており、債権者としては、本案訴訟の判決が確定するまでの間、解雇を避けるため異議をとどめて赴任せざるを得ず、そうなれば、肉体上、精神上の重大な不利益を受けることが避けがたい。したがって、本案訴訟での判決を待っていては、回復しがたい損害を被るおそれがある。

二  債務者

本件出向によって債権者の受ける肉体的・経済的・精神的負担が極めて大きいとの主張は理由がない以上、社告に従って出向するのは当然であって、保全の必要性はない。

第五判断

一  本件出向命令の効力について

1  個別的同意がないとの点について

本件出向命令について、債権者の個別的な同意がない点は当事者間に争いがないが、前記争いのない事実及び疎明資料(<証拠略>)によると、

(一) 債権者は、昭和六三年三月、債務者に入社するに際し労働契約を締結し、就業規則その他の規則を遵守する旨を約束しているところ、当時(及び現在)の就業規則には、出向に関して詳細な定め(出向規程)がなされていること

(二) 右出向規程によると、債務者における出向は、<1>社員を債務者の社員として在籍のまま関連会社または提携会社に派遣することを言い、<2>その間は債務者の総務部人事課に所属し、昇進・昇格・昇給は債務者の基準による、出向期間は原則として三年以内、勤務条件は、服務規律、休憩、出張取扱い等は出向先の定めによる、職位は出向先で定め、勤続年数は、債務者における勤続年数に通算し、年次有給休暇は出向時の残日数を出向先に引き継ぐ、<3>賃金・賞与は出向先の定めによるが、基本的には全額債務者本社から現行のものが支給される、退職金は、出向期間を通算し、債務者の基準で算出支給される、などとなっていることの各事実が一応認められ、これらに照らせば、本件は「出向」とは言っても、いわゆる「在籍出向」であって、内容的にも「配置転換」(個別的同意がないからと言って、直ちに無効であるとは通常考えられていない)と大差がなく、したがって、債権者の個別的同意がないとの一言(ママ)をもって本件出向命令が無効であると解するのは相当ではない。

また、包括的同意すらないとの点についても、債権者の稼働場所を大阪営業所に限る内容で労働契約が締結されたのであればともかく、そうでない以上、右のような詳細な出向規程を了承して雇用された債権者としては、出向につき包括的同意はしていると言うべきである。

2  出向規定に定める決定の原則が履行されていないとの点について

(一) 前記争いのない事実及び疎明資料(<証拠略>)によると、一応以下の事実を認めることができる。

(1) 債務者の出向規定三条には、「社員に出向を命じる場合は、事前に、出向の目的、役割、出向先会社の事情、労働条件その他を出向対象者に明示するものとする」と規定されている。

(2) 債権者が、およそ「出向」の話を聞いたのは、平成九年三月八日の、いわば打診段階である梅崎次長からの電話によるもの(第二の二2(一))が最初であるが、債権者は、直ちに「出向には応じかねる」「組合と相談して行動する」旨梅崎次長に答えた。

(3) その後、当事者間や組合をも交え、やりとりが続けられたが、債権者において、条件次第では本件出向に応じても良いとの意向を示したことはない。

(4) 債務者は、債権者に対し、本件につき組合との団体交渉が行われた平成九年三月二七日ののちである同月三一日、前記第二の二2(四)のとおり、「回答書」と題するファックス(<証拠略>)を送信したが、その中で前記第三の二2(一)、(二)(1)記載のような内容の出向目的・内容等を示した。

(二) 以上の事実に照らすと、債権者は、平成九年三月八日の当初から、およそ本件出向命令を受け入れる余地があることなどを示すことのないまま今日に至っているものと言え、債務者において、本件出向について詳細な説明をする、しないが、債権者が本件出向命令を受け入れるか否かについてさしたる影響を及ぼしたとは考えにくいこと、債務者は、遅ればせながら平成九年三月三一日には出向目的等を示していることに照らすと、出向の目的等の明示が必ずしも十分ではなかったとしても、本件出向命令が、出向規定三条に違反し無効であると結論づけることはできない。

3  出向の必要性・合理性について

(一) 前記争いのない事実及び疎明資料(<証拠略>)によると、一応以下の事実を認めることができる。

(1) 債権者は、いわゆる中途採用であるが、債務者と同業者の株式会社ローマイヤで一七年近く勤務し(退職時には同社の本社営業部長)、ハム・ソーセージの百貨店テナント運営のベテランとして、債務者に課長職・主事二級の資格で採用され、債務者の大阪営業所長(「役職定年」時には量販営業部量販二課長を兼務)として勤務してきた。

(2) 相模ハム販売は、百貨店テナント進出の拡大を目指しており、その業務従事者の指導・育成、販売の戦略・戦術などリーダー的な人材の必要性に迫られていた。そこで、債務者は、前記第三の二2(一)記載の人事異動の基本方針に則り、右必要性を満足させる人材として、人事調査情報及び家庭状況を勘案し、百貨店テナント運営のベテランで、これまで実績があり、性格も堅実で、就学中の子弟や病身者などを抱えていない債権者が適任であると判断し、出向を命ずることとした。

債権者が、相模ハム販売に出向した際の業務としては、赴任後一ヶ月は売場研修、その後は若手社員の育成と部次長の補佐及び店長業務(課長職)を予定している。

(3) 債務者は、人材の適正配置の容易化、人材育成の方途として、総合コース・一般コースの雇用区分をする「複線型雇用管理制度」を平成九年四月一日から施行することとした。総合コースは、多能化の人材であり、勤務地を限定しないでいろいろな職場や職種を経験しながら、ワイドな人材として育っていき、その中で自らの専門分野を定めるコース、一般コースは、多能化を希望せず、勤務地限定のもとに一つの分野で自己能力を深め、業務に(ママ)推進していく中で自己充実、自己主張を果たしていくことを希望するコースとなっている。管理職は、全員総合コースとすることとしている。

(4) 債務者では、定年を五五歳から六〇歳に延長するのに伴い、課長職などは五五歳になると減収となる「役職定年」制度を設けているが、平成九年四月一日現在の役職定年者数は一〇名となっており、その人事異動は、子会社への出向四名、職場替えをしてのスタッフ要員五名、同職場スタッフ一名となっていて、職場固有の免許所持者であるなど特殊な事情がない限り、同職場で新旧の責任者は併存させない人事政策をとっている。なお、債務者から関係会社へは、平成九年四月一日現在で二七人が出向しており、うち一三名が管理職である。

(二) 以上の事実によると、債権者は、管理職として採用されたものであり、右(3)の「複線型雇用管理制度」の施行こそ平成九年四月一日からであるが、債務者会社の規模などにも照らすと、もともと管理職にとって全国規模での配置転換・出向は特段不思議ではないこと(もっとも、役職定年者の中では、大阪から横浜への出向は、遠距離の部類に入るようではあるが、もともとその程度の異動はさしたるものではないと考えられる)、出向の必要性といっても、「当該出向先への異動が余人をもっては容易に替え難い」といった高度の必要性が要求されるわけではなく、労働力の適正配置、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限り、その必要性の存在を肯定できると考えるべきであることなどからすると、本件出向命令につき、その必要性は十分認めることができる。

また、同じ職場に新旧の責任者を併存させないとの人事政策も、新責任者の立場等を考えると、それなりに合理性があると考えられる。

債権者は、「役職定年」による減給についても云々するが、その制度は、定年延長との引き替えに導入されたものであって、何ら不合理な制度ではないし、その制度により減給された給与といっても五五歳以上の「課長職」の待遇であるから、債務者の大阪営業所に、その給与のまま、新卒三年目のセールスマンの代わりに「一兵卒」として勤務を続けたい(<証拠略>)と主張しても、昨今の日本企業を取り巻く環境等に照らすと、到底無理な話であろう。

なお、債権者は、本件出向命令は、その実質は退職勧奨であると主張するが、引継期間が長いとか、仕事につき特段の指示が無かったなどと言っても、直ちに本件出向命令の本来の狙いが、主として債権者を退職させることにあるなどと認めることはできない。

4  債権者の被る不利益について

(一) 疎明資料(<証拠略>)によると、一応以下の事実を認めることができる。

(1) 腰痛について

ア 債権者は、平成元年ころから腰痛の症状を覚え、複数の医者を転々として治療を受け、現在、椎間板ヘルニア、脊椎管狭窄症であって、その程度は高度である、立位の仕事を主とする業務、重量物の運搬作業は耐えられないとの診断を受け、常時コルセットの着用を余儀なくされている。

イ 債権者は、従来大阪営業所において、受発注に伴う事務業務(商談を含む)及び本社からの荷物の受入れ、受注に伴う荷物の荷造り発送業務の二種の業務に従事し、その業務量は半々程度であったが、債権者は、今まで、荷物の受入れ、荷造り発送業務を支障なく担当していた。

ウ 出向先で債権者に予定されている業務は、当初の一ヶ月間は各デパートの売場の実体を把握するための研修で、その後は売場の責任者(若手社員の育成と部次長の補佐及び店長業務(課長職))であるが、売場の責任者の業務は、各デパートの担当者との折衝と仕込みであり、いわゆる売り子とは異なり、一日中立ち仕事をするものではない。

(2) 単身赴任等について

ア 債権者は、共働きの妻との二人暮らしであり、ローン返済中の自己所有マンションに居住しており、本件出向命令に従うとなると、単身赴任をせざるを得なくなる。

イ 債権者は、本件出向に応じても、債務者の従業員としての地位を失わないから、給与などの処遇面では従来と特段変わるところはない。なお、年間休日数で七日間の減となるが、年間総労働時間数は、債務者が二〇八〇時間、相模ハム販売が二〇八四時間と、その差は四時間に過ぎない。

ウ 債務者においては、出向に当たり、本給以外に、単身赴任の場合、一ヶ月当たり二万七〇〇〇円の単身赴任手当及び月一回の帰省旅費が支給され、帰省の場合には特別休暇が与えられるなど、種々の配慮がなされている。

(二) 以上の事実に照らすと、債権者の腰痛は、確かに軽いものとは言えないが、出向先での勤務に耐えられないものとは認め難く、主治医を変えることが不安であるとの主張も、債権者が複数の医者を転々としていることからしても、特定の医師でなけれぱ債権者の信頼を得られないという事情も窺われず、転居を伴う単身赴任についても、当然不利益はあるが、それを補うべく種々の配慮がなされていることを考えると、全体として、本件出向命令に従うことによる債権者の不利益は、著しいものとは認めがたい。

よって、本件出向命令に従うことによる債権者の不利益は、総合的に判断して、さほどのものとは認めがたい。

5  結論

以上のとおり、本件出向命令に対し、債権者の個別的同意はないが、そもそも出向に当たり、常に同意が必要であるとはいえないこと、出向を命ずるに当たり、出向の目的等の明示に欠けた点がなきにしもあらずであるが、その瑕疵は重大なものではないこと、本件出向命令に必要性・合理性があり、その本来の意図が債権者を退職させることにあるなどとは認めがたいこと、本件出向命令により債権者が被る不利益の程度は、補完措置等をも含めると、全体として重大とは認められないことなどを総合すると、本件出向命令は、到底人事権の濫用などとはいえず、有効であると言うべきである。

二  よって、保全の必要性について判断するまでもなく、債権者の本件申立ては理由がない。

よって、主文のとおり決定する。

(裁判官 久我泰博)

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